精神疾患と診断する方法を説明します
精神疾患と診断する方法について解説します。単に病名にこだわらず、過去から現在までを多角的に評価し、背景をつかむことが大事です。
精神疾患には国際的な診断基準があります。例えば、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:精神障害の診断と統計マニュアル)というものです。これは、10個の症状のうち3個が当てはまると診断できる、というように、症状のチェックシートのような方法で診断する方法です。
しかし、単に症状のチェックシートに当てはめて精神疾患と診断するだけでは不十分です。症状だけをとらえていては、原因が何だかさっぱり分かりません。
病気とは何らかの原因があって、症状が出ます。例えば、風邪の場合は、原因となるウィルスがいて、発熱という症状が出ます。精神疾患の場合も同じです。症状はあくまで、結果でしかありません。精神疾患と診断するには、その原因についても評価が必要です。
精神科医は、診察の中で、症状の原因となる患者さんの苦悩や社会的背景を探っていきます。また、生物学的な原因についても検査などで探ります。精神疾患の原因は多様ですから、多角的に評価しないと見落としてしまいます。
そのため、精神科の診察には長い時間が必要なのです。特に初回の診察は時間がかかります。それでは、具体的にどういう内容を診察の中で確認するのか、アメリカ精神医学会(DSMという診断基準を出しているところ)のガイドラインを参考にして解説します。
現病歴:現在、どういった精神症状があるのかを特定し、それがいつから始まったのか、時間経過とともにどのように変化してきたのかを明らかにします。一言に精神症状と言っても、不安、気分の落ち込み、衝動性、イライラなど色々とあります。睡眠状況や食欲も大事ですし、動悸や腹痛、頭痛など精神症状に伴うからだの症状も確認しないといけません。全ての症状を聞き取ると、それだけで結構時間がかかります。また、すでに他の精神科や心療内科、メンタルクリニックなどで治療していた過去がある人は、その内容も知る必要があります。どういう診断で、どのような治療をして、その結果良くなったのか、副作用は無かったのかなどを確認します。
自傷他害の過去:自分を傷つけたり、自殺しようとしたり、また、他人を傷つけたりするような行動は本当に危険なので、精神科では特に気にする点です。過去にそういったことがなかったかどうか、現在、そういうことについて考えたことはないかを確認します。もしも自殺の危険性や他害行為のリスクが高い時は、患者さんの安全のために入院も視野に入れる必要が出てきます。どの医療も同じですが、安全第一です。
物質使用歴(嗜好歴):別に薬局でもらう薬でなくても、精神に影響する物質はあります。ありふれたものでは、アルコールやタバコです。カフェインも含まれます。これらは嗜好品ではありますが、化学物質として考えると、どれも依存性のある薬物とみなすことができます。さらに、違法薬物である覚醒剤や麻薬などは精神への影響がさらに酷くなります。この辺は、もし使っていても医師に正直に言いにくいでしょうが。。
身体疾患:意外と思う人もいるでしょうが、心と体の関係は深く、体の病気は精神科にも大きく関わります。ホルモンの病気や免疫の病気、脳の病気などは精神疾患の原因になることもあります。また、精神症状があると健康管理がおろそかになり、生活習慣病などになりやすくなると考えられています。このため、現在、または過去に、どんな病気、どんな治療を受けたことがあるのかを確認します。また、現在どんな薬を使っているのかを確認しないと、精神科の薬(向精神薬)を処方する時に困ります。なかには一緒に使わない方が良い薬もあるからです。また、心疾患や肺の病気など向精神薬により悪化する病気もあるので、これを確認しないと薬は使えません。薬のアレルギーや副作用についても確認が必要です。
養育歴・家族歴:家族は精神疾患を考える上でとても重要です。家族の問題は大きく心に影響しますし、逆に治療を支えてくれる家族がいれば、治療もやりやすくなります。子供の頃から今までに、どのような家庭で育ったのか、虐待などはなかったか、家族関係は良好かなど聴取します。さらに、遺伝についても評価が必要です。精神疾患は、種類により差はありますが、遺伝的な要因が関わってきます。血縁関係のある人に精神疾患がいるか、家系に自殺した人や暴力的な人がいたのかどうかも確認します。
社会的な履歴:履歴書に書くような学歴や職歴も精神疾患の評価に必要です。知的水準は精神疾患と関係しますし、仕事のストレスによりうつ状態や不安症状が出ているケースも多いです。友人関係、社交性、近所づきあいなどの人間関係も心の背景として無視できません。また、経済状況や宗教、文化、慣習なども心を形作る重要な社会的要素です。こうした事柄は、かなりパーソナルな内容で、あまり他人に打ち明けない個人情報だと思いますが、精神科の診察では必要に応じて尋ねることになります。
現在の状態:さて、過去の経過について解説してきましたが、現在の状態に目を向けることも大切です。ここは探偵と一緒で観察眼が大事になります。患者さんの声色、話し方、動き、仕草、表情などを見聞きして、精神状態を推察します。もちろん、実際に現在の気分や考えていることについて、直接、患者さんから話を聞くことも大事です。また、認知機能といって、記憶力、判断力、言語機能など脳のパフォーマンスも同時に評価します。なぜなら、精神状態が悪くなると認知機能は低下しますし、逆に認知機能が低いと精神状態が不安定になる場合があり、認知機能と精神状態は相互に関係しているからです。認知機能は正確にはテストで測定します。
診断:これまでの情報を総合的に評価して、DSMなどの診断基準に従って診断をつけます。この時に診断を一つに絞るのでなく、他の診断の可能性、鑑別診断についても考慮します。さらに病名だけでなく、重症度や自傷他害のリスクも判定します。重症度によっては入院が必要なこともあります。また、働いている人は休職の必要性も考えないといけません。
治療プラン:一通りの評価が終わった後に、治療プランを立てるのですが、当然、患者さんの意向を聞かないといけません。どんな診断でどのような治療の選択肢があるのか、それぞれの治療の利点と欠点は何か、また、治療をしないで放っておくとどうなるのか、治療する意味はあるのかなどを医師から患者に説明し、合意を形成した上で治療プランを立てます。このように医師がきちんとした説明をして患者さんから合意を得ることをインフォームド・コンセント(informed consent)と言います。また、説明というと一方通行な感じですが、情報をお互いに共有し医療者と患者が共同で意思決定するという意味のシェアード・ディシジョン・メイキング(shared decision making)という考え方もあります。これらは欧米の考え方で、日本ではあまり説明しない精神科医が多いのが現状です。説明は皆さんが聞きたいでしょうから、今後の改善が望まれます。
さて、精神疾患と診断する方法について解説しましたが、いかがでしたでしょうか。複雑な過程ですが、少しでも分かってもらえると嬉しいです。何かご不明な点があれば、実際の診察の中で医師に聞いてみて下さい。